アメリカが最も恐れた男 "プーチン"
これを徹頭徹尾アメリの主張で貫かれている。題名も「アメリカが最も望んだ男プーチン」とでも変えた方がいいのかも知れない。但し副題として「アメリアの思惑に収まらなかった男」という文言を付け加える必要がある。アメリカは今まで何をやってきた?ヴェトナムで、イラクで何をしてきた? 今更ロシアにものを言えた資格があるのか?という声が聞こえてくる。
アメリカはロシアにものをいう資格はない。しかし、残念ながらそれでも、ロシアに交渉に直接出向く必要がある。バイデン自身が、さんざん戦争の火種をばらまいてきた国の大統領として、導火線に火をつけたプーチンと直接会って戦争を止める義務はある。地球に対し、人類に対して!
2022年4月、世界中は一人の男の一挙一動を息をつめて見つめている。その男の名は「ウラジミール・プーチン」
今彼はウクライナに対する侵攻を繰り広げている。
この侵攻のやり方は、彼の父親や多くの人々が苦しんだナチ・ヒットラーのやり方そのものである。
まさに歴史は繰り返す。 このブログで取り上げたナチのやり方を再現してください。『「ヒトラー 最期の12日間」』
映画の紹介
ソ連の崩壊後、決して目立つ存在ではなくカリスマ性も無かったプーチンが政権を引き継ぎ、自国の誇りを取り戻すべく、あらゆる手段を使い強いロシアを作り上げた。それから、今日の残酷な独裁者と呼ばれるに至るまで、アメリカの安全保障にとって最も重大な脅威と恐れられる所以に迫る。
映画データ
プーチンの生まれ育った環境
レニングラード攻防戦
プーチンの生まれる前の1941年9月から1944年1月までの予約900日にわたってヒットラーとの間で凄惨な戦いが繰り広げられている。これをここで取り上げた理由は、プーチンの両親もこのレーニングラードの攻防戦を闘い生き抜いている。おそらくプーチン自身もこの戦いについてはつぶさに聞いていただあろうし、トラウマのように彼の精神構造に大きな影響を及ぼしているであろうことから、敢えてここで取り上げる。
ヒットラーはレーニングラード現在のサンクトペテルスブルグに侵攻し、激しい攻防戦を繰り広げた。ソビエトは当初戦略のまずさなどから、押し込まれたものの、レーニングラード守備隊は徹底的に耐え耐え抜いている。 ソビエト政府の発表では市民は100万人を超える死者が出たと言われている。また、その死者の97%は餓死だとも言われている。 レニングラードに侵攻したドイツ軍は徹底した包囲作戦を取り 、市内の周囲に鉄条網と電気ワイヤーを設置し、住民の脱出を物理的に阻止し、徹底的な飢餓作戦をとった。 ヒットラーは「サンクトペテルスブルグを地上から削り取ることを決断したと表現し、この都市が跡形もなく消え去るということを目論んだ。 その後包囲と封鎖は更に強化され多くの市民が餓死するに至った。それにも関わらずドイツ軍の封鎖は続き、レニングラードの街角は死体で溢れるようになった。市内は飢餓地獄が訪れ、死体から人肉を食らう凄惨な状況が常態化するまでに至った。この悲惨な状況がしばらく続いたが、1942年にはようやくモスクワでの勝利があり、レニングラードの防衛にも手が回るようになった。 このような激闘の末1943年1月17日にはレニングラードの解放が宣言された。これを機に独ソ戦は大きな転換期を迎えることになった。ドイツ軍は敗走を重ねることとなった。
プーチンの生い立ち
彼は1952年レニングラードの共同住宅で生まれた。両親が42歳の時の子供である。
彼の子供の時代のソ連は、戦争の傷痕も癒えておらず、全体が非常に貧しく、彼自身も貧しい生活で暮らしていた。
レーニングラードで見聞きしたナチスの無慈悲で、情け容赦ないナチのやり方を肌感覚で学んだであろうし、それがその後の者の味方のベースになっているであろうことは想像に難くない。
そして大学卒業すると憧れのKGB採用された。
それから10年後、東ドイツのドレスデンに海外勤務となった。しかし赴任してからまもなく1989年ベルリンの壁は崩壊し、彼も仕事を失った。彼はおそらく大衆の激しい流れを目撃し、同時に民主主義や大衆運動に激しい憎しみを感じたであろう。
レーニングラード大学戻った、プーチンは市長に選ばれたサブチャックに見出され、副市長に抜擢しされた。都市の名前もレーニングラードからサンストペテロブルグに改名された。このようにして、プーチンの周りから社会主義、民主主義色が消えうせ、復古色が濃くなっていく。
プーチンはこの時から政界に進出することとなる。おそらくプーチンはこの辺りから野心むき出しの、冷徹な策略家に偏向することになっていったろう。やがてエリツィンに見出され、エリツィンに忠誠を誓い、汚い仕事を請け負いエリツィンに取り入り、エリツィンの信頼を得たプーチンは大統領に上り詰める。
背景と見どころ
この映画を見てプーチンというものがどのような男かということがわかった。
ソ連の崩壊後、決して目立つ存在ではなくカリスマ性も無かったプーチンが政権を引き継ぎ、自国の誇りを取り戻すべく、あらゆる手段を使い強いロシアを作り上げた。それから、今日の残酷な独裁者と呼ばれるに至るまで、アメリカの安全保障にとって最も重大な脅威と恐れられる所以に迫る。
映画データ
原題:America's Greatest Threat Vladimir Putin 製作:2018
リンカーンスクエアプロダクション(ニューヨーク州 A&E TelevisionNetworks)
プーチンの生まれ育った環境
レニングラード攻防戦
プーチンの生まれる前の1941年9月から1944年1月までの予約900日にわたってヒットラーとの間で凄惨な戦いが繰り広げられている。これをここで取り上げた理由は、プーチンの両親もこのレーニングラードの攻防戦を闘い生き抜いている。おそらくプーチン自身もこの戦いについてはつぶさに聞いていただあろうし、トラウマのように彼の精神構造に大きな影響を及ぼしているであろうことから、敢えてここで取り上げる。
ヒットラーはレーニングラード現在のサンクトペテルスブルグに侵攻し、激しい攻防戦を繰り広げた。ソビエトは当初戦略のまずさなどから、押し込まれたものの、レーニングラード守備隊は徹底的に耐え耐え抜いている。 ソビエト政府の発表では市民は100万人を超える死者が出たと言われている。また、その死者の97%は餓死だとも言われている。 レニングラードに侵攻したドイツ軍は徹底した包囲作戦を取り 、市内の周囲に鉄条網と電気ワイヤーを設置し、住民の脱出を物理的に阻止し、徹底的な飢餓作戦をとった。 ヒットラーは「サンクトペテルスブルグを地上から削り取ることを決断したと表現し、この都市が跡形もなく消え去るということを目論んだ。 その後包囲と封鎖は更に強化され多くの市民が餓死するに至った。それにも関わらずドイツ軍の封鎖は続き、レニングラードの街角は死体で溢れるようになった。市内は飢餓地獄が訪れ、死体から人肉を食らう凄惨な状況が常態化するまでに至った。この悲惨な状況がしばらく続いたが、1942年にはようやくモスクワでの勝利があり、レニングラードの防衛にも手が回るようになった。 このような激闘の末1943年1月17日にはレニングラードの解放が宣言された。これを機に独ソ戦は大きな転換期を迎えることになった。ドイツ軍は敗走を重ねることとなった。
プーチンの生い立ち
彼は1952年レニングラードの共同住宅で生まれた。両親が42歳の時の子供である。
彼の子供の時代のソ連は、戦争の傷痕も癒えておらず、全体が非常に貧しく、彼自身も貧しい生活で暮らしていた。
レーニングラードで見聞きしたナチスの無慈悲で、情け容赦ないナチのやり方を肌感覚で学んだであろうし、それがその後の者の味方のベースになっているであろうことは想像に難くない。
そして大学卒業すると憧れのKGB採用された。
それから10年後、東ドイツのドレスデンに海外勤務となった。しかし赴任してからまもなく1989年ベルリンの壁は崩壊し、彼も仕事を失った。彼はおそらく大衆の激しい流れを目撃し、同時に民主主義や大衆運動に激しい憎しみを感じたであろう。
レーニングラード大学戻った、プーチンは市長に選ばれたサブチャックに見出され、副市長に抜擢しされた。都市の名前もレーニングラードからサンストペテロブルグに改名された。このようにして、プーチンの周りから社会主義、民主主義色が消えうせ、復古色が濃くなっていく。
プーチンはこの時から政界に進出することとなる。おそらくプーチンはこの辺りから野心むき出しの、冷徹な策略家に偏向することになっていったろう。やがてエリツィンに見出され、エリツィンに忠誠を誓い、汚い仕事を請け負いエリツィンに取り入り、エリツィンの信頼を得たプーチンは大統領に上り詰める。
背景と見どころ
この映画を見てプーチンというものがどのような男かということがわかった。
- 彼は育ちが悪い
- 彼は性格的に陰険だ
- 彼は KGB 時代にスパイとしての教育訓練を受けそれを確実に身につけている 彼はスパイの方法論は学んだがいわゆる学問としての教養は身につけていない
- ロシア大帝国時代の 国家の力を再現したいと考えている
- アメリカの民主主義思想が脆弱なものであると考えている。
- アメリカと同じ力に同じような評価を受けるこにしたいと考えている
- ブッシュやトランプが彼を評価したが、プーチンは逆に彼らを見下しているまた足元を見透かしている
- プーチン個人の問題ではないが 、プーチン自身も選挙の洗礼を受けて大統領になっている。 私たちが考えなければならないのは、民主主義が形骸化されてされた時には、それが隠れ蓑となりとんでもない事態を生み出すということである。
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