2022年6月24日金曜日

「エリザベス (字幕版)」:大英帝国の確立はこのエリザベス一世の業績だ。今のイギリスはこの大英帝国の残渣にも責任を負わなければならない 

エリザベス:大英帝国の確立の軌跡を見る。その大英帝国が世界に何をしてきたか?

「エリザベス 」を観ました。
 この映画を見て、感じたことは、映画の中で、個人が確かな存在感を放っていることです。日本のこの種の映画にあるような雄たけびがなく、イデオロギーの押し付けもないということでした。映画では貴族の乱れた生活も描き出され、セックスをタブー視しない風潮が現実にあったのではないかと感じられるほどでした。もちろんこの映画が当時の生活をありのままに表現していることを認めるわけではありませんが、日本の映画にあるような怒鳴り合いは別の映画でも見られず、イギリス社会の成熟さを表すものと考えていいのではないかと感じます。

 エリザベス王朝がここに掲げるように比較的安定した王権と諸侯との間のバランスの上に立つことができたのは、イギリスが一定の民主化の過程を経ていたからである。
現在のイギリスは、この映画にあるエリザベス一世のときに、間違いなくその基礎は築かれたことが分かる映画でした。

イングランドの王権の制限と一定の民主化の過程
  1. マグナカルタ(Magna Carta)
    1215年、イングランド王ジョンが貴族たちに強制されて承認した特許状。イギリス憲法を構成する重要文書の一つ。「大憲章」と訳される。前文と六三条から成り、国王の徴税制限、人身の自由、不当な裁判による逮捕・財産没収・追放の禁止などを骨子とする。本質的には王権の制限、貴族の特権の確認で、一般人民の自由を規定したものではない。


  2. これ以降はエリザベス王朝以降の出来事である。

  3. 清教徒革命またはピューリタン革命
    清教徒革命またはピューリタン革命は、狭義には1642年から1649年、イングランド・スコットランド・アイルランドで起きた内戦・革命である。 背景は封建領主制からブルジョワ的土地経営に様変わりしたことが原因としてあげられる。すなわち、農民は土地に縛り付けられた封建的土地制度による耕作ではなく、商契約に基づく労働としての耕作(すなわち農業労働者という方向に徐々に変貌してゆく。

  4. 名誉革命
    1688年から1689年にかけて、ステュアート朝のイングランドで起こったクーデター事件である。
    種類 無血クーデター
    目的 復古王政の専制打倒、カトリック勢力の排除、イングランドの対仏同盟から対蘭同盟への切り換え
    対象 ステュアート朝
    結果 メアリー2世とウィリアム3世の即位、権利の章典の発布、立憲君主制及び議会制民主主義の確立、英仏軍事同盟の解消と大同盟戦争・第2次百年戦争の開幕


 歴史映画館が時代の節目となる出来事を画いた映画を発掘し、時代背景と共にお贈りします。今回は「エリザベス 」をお贈りします。

 このブログの使命は、時代の画期を成す映画を紹介することですが、このエリザベスについては、大英帝国の黄金期を築いた女王としてその功績はあまりい大きいため、映画の紹介でだけではなく、エリザベス女王の時代をできるだけ深堀したいと思います。乞うご期待!!


映画の紹介
エリザベス (字幕版):

アカデミー賞受賞ケイト・ブランシェット、ジェフリー・ラッシュ、リチャード・アッテンボローがオールスターキャストを率いて演じるエリザベス女王の史劇。

映画データ
DVDサイズ ‏ : ‎ 30 x 10 x 20 cm;
監督 ‏ : ‎ シェカール・カプール
時間 ‏ : ‎ 1 時間 55 分
発売日 ‏ : ‎ 2012/4/13
出演 ‏ : ‎ ケイト・ブランシェット, ジェフリー・ラッシュ, クライヴ・オーウェン, サマンサ・モートン
販売元 ‏ : ‎ ジェネオン・ユニバーサル
ASIN ‏ : ‎ B006QJSCRM
原産国 ‏ : ‎ 日本
ディスク枚数 ‏ : ‎ 1
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ストーリー
出生と育ち
 ヘンリー8世と2番目の妃アン・ブーリンの子。1536年母が陰謀によって、反逆罪の汚名を着せられ火あぶりの刑によって刑死し、非嫡出子とされたが,44年には姉の病死により王位相続権を認められた。ルネサンスの影響下に成長し,幼時から聡明をもって聞こえた。
即位後の業績
 即位後、各国からイングランドの簒奪を狙う、政略結婚の求婚者を退け独身を言明し,他国の干渉を退けることに苦労した。またローマカトリック教会はイングランドが、カトリックから離脱し、イギリス国教を設立したことにはげしく反発し、エリザベス廃位の策謀をめぐらした。

 エリザベスはこうした圧力や干渉を撥ね退け、59年には礼拝統一法を発布して,英国国教会を確立した。(今の感覚でいえば、ファッショそのもの)また他国の新教徒を援助する一方,両カトリック大国フランスとスペインの対立を巧みに操った。

大英帝国の確立
そうこうするうちにも、スペインからの圧力はますます高まり、ついに1588年オランダ独立を支援する名目で、スペインとの間にアルマダの海戦を開くこととなった。こうしてスペインの無敵艦隊を破ったことで、イングランドの国威は大いに上がり、本格的な大英帝国の時代に突入する。

大英帝国の発展力の源泉
 エリザベスは即位したイングランドは 軍事力に置いても財力においても当時のヨーロッパ社会の中でかなり見劣りをするものだった。 エリザベスは自国を取り巻く状況を冷静に判断をし、自国がこの弱肉強食の世界で生き抜くためにはできるだけ他国との無益な摩擦を避けて、イギリス帝国の力を温存することでした。彼女は、東インド会社を設立し貿易を盛んにし、同時に封建的土地制度から絶対主義的な所有形態を引き込んで、合理性の力を借りて産業を育成する事だった。もちろん経済が土台にあることから生産方式の変化や都市の商工業の発達がベースにあって、エリザベスはそれをうまく取り込む形で執政を巧みにこなした方ではなかったろうか。
 イングランド帝国の国の確立は将にエリザベスの自主独立の意志と他の強国に対する強い外交力と徹底した合理性の賜物であったということができるのではないかと思われる。

 また私は、彼女が女王であったが故に、既成概念にとらわれず、逆に自由に発想ができたのも幸いしているのではないかと思う。!! 



背景と見どころ
 エリザベス一世は1558年に即位して、1603年にこの世を去っている。 世界(15世紀末に世界といってもヨーロッパの世界のことであるが、)はスペイン神聖ローマ帝国、フランス、イギリスの四つの国家がしのぎを削っていた。最も強大であったのは神聖ローマ帝国であり16世紀の初めにはカール5世が専制を行っている。一方フランスでは、フランソワ一世、イギリスではヘンリー八世が統治をしていた。ヘンリー八世はローマ法王とプロテスタントからの干渉を嫌って、イギリス国教会を設立し、イギリス絶対王政を確立していた。
 その具体的な法的基盤は国王至上法(首長法)が法的な礎となっている。エリザベス一世はヘンリー八世の死後を受けイギリス国家権力確立のために力を注いでいる。

 しかしながらこの当時はイギリスはまだ弱小国であり、スペインとフランスとの間に挟まり、 その独立性を維持するのに四苦八苦していた。16世紀半ばにはスペイン絶対王政の最盛期を迎え、無敵艦隊を擁し、世界中に植民地を築き、世界中の富を欲しいままにしていた。フランシスコザビエルが日本に布教の為入ってきたのもこのころである。16世紀末にはオランダ連邦が独立宣言を行い、フランスにおいては、アンリ4世、ルイ13世・14世というフランス絶対王政の最盛期を迎えるに至る 。

エリザベス1世の時代にはまだ植民地を持っておらず弱小国であったが、エリザベス一世は列強の間でバランスをとりながら中立を守り世界の植民地支配に乗り出して行く。エリザベス一世はこのようなイギリスの黄金期を迎える基礎を築いたと言える。

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