2022年5月30日月曜日

「日本沈没」:列島が消滅する!! 日本人の意識を漠然とした恐れから確信的な怖れに変えた映画

日本沈没

「日本沈没」を観ました。これは正確な意味では歴史映画ではありません
歴史映画館が時代の節目となる出来事を画いた映画を発掘し、時代背景と共にお贈りします。今回は「日本沈没」をお贈りします。

 これは過去に起こった出来事ではなく、将来起こるかもしれない予測を画いた映画です。日本が海の底に沈没するという超歴史的な予測で、しかも確信的予測だと思い取り上げました。


映画の紹介
 日本SF界の巨匠・小松左京原作。大ベストセラー小説の完全映画化。空前のスケールで描く、スペクタクル映画の原点!

 日本人の意識の上にあった、漠然とした恐れを具体的な形に可視化した画期的な映画。
 この映画から新しく何作か映画化がされていますが、やはりこの映画が最もインパクトが大きかったように思います。



 小説では、第2部が発表され、沈没した後「世界中に散らばった日本人」を画きます。



映画データ
監督 森谷司郎
出演 小林桂樹, 藤岡弘, 丹波哲郎 
ジャンル SF, サスペンス, ドラマ, 冒険, アクション
オーディオ言語 日本語

キーマンは田所博士だが、一作目では小林桂樹、 最新作は香川照之が勤めている。香川は存在感を出そうとし過ぎているが力不足。
 最新作は全体としてすべてが軽すぎる。目先の問題にバタバタとやっている感を出し過ぎ!! この記事はアマゾン・プライムを参考にしています

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ストーリー
 日本海溝直下の大規模な地殻変動により、日本列島のほとんどが海中に沈没するという驚愕の事態が予測された。それを裏打ちするかのように、各地の火山が噴火、M(マグニチュード)8以上の大地震が次々と発生。Xデーが避けられないと悟った政府は、諸外国に避難する国民の受け入れを要請する。1億の日本人は、どこへ逃れるのか?日本が沈んでいく!


背景と見どころ
 最近日本に関係すると思われる天変地異が様々報告されている。 まず日本は火山島であることから火山の爆発が心配されている。
  • 日本を取り巻くプレートの活動による地震が定期的に起こっている。 記憶の新しいのは2011年の東北大震災である。それ以前は1995年の阪神淡路大震災も記憶に新しい。これらの地震の発生の仕組みは全く異なるものである。 さらに南海プレート、東海プレートによる大地震の発生が今後30年の間に異常な確率で起こると言われている。
  • 南米のアマゾン川やアジアの密林地帯に見受けらる木材の無秩序な伐採。結果として炭酸ガスの蓄積異常に高くなっている
  • 地球温暖化による災害も大きな変動要因である。地球温暖化により台風が大型化、異常気象が頻発、線状降雨帯による豪雨の頻発、 世界各地の異常乾燥
  • 大規模火災の頻発
  • オゾンホール による紫外線の照射
  • ツンドラ地方の永久凍土が解凍され地下メタンガスの噴出、南極の氷の解凍による、海水の水位の上昇
  • ジャングル地帯の乱開発による各種ウイルス、病原菌の蔓延
以上全ての事柄の解明がなされていないにもかかわらず少なくともこの50年間最長でも100年間は見られなかった現象が今頻出している。



 日本を取り巻く環境は以上のような様々な要因以外に特に火山が多い。それに伴う地震も多い。また海洋汚染による様々な障害が引き起こされている。

この映画の警告によらずとも日本の自然及び国土の基盤が疲弊し脆弱になりつつあることは誰しも恐れていることである。 この映画によって何も解決するものではない。しかしながら我々の置かれた環境を真摯に反省し新しい手だてを講じなければ、この映画の示すように日本の国土は沈没の憂き目を見る事になるかもしれない。




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2022年5月29日日曜日

『英雄なき戦場』フィンランドとソ連との闘い 最初に仕掛けたやつは誰だ!:フィンランドがNATOに入る理由が見えてくる!!

アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場(字幕版)

「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」を観ました。
歴史映画館が時代の節目となる出来事を画いた映画を発掘し、時代背景と共にお贈りします。今回はフィンランドを大国ソ連が蹂躙した戦争「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」を取り上げます。
ロシアのウクライナ侵攻を受けてNATOに加盟申請した、フィンランド人の心の奥底が見える



映画の紹介
 1941年、前年にソ連との“冬戦争”に敗れ、領土の一部を失ったフィンランドはソ連から領土を取り戻すためにソ連に進攻、“継続戦争”が勃発する。この戦争でフィンランドは400万の人口に対して50万の軍隊を組織、さらには近隣諸国で唯一ソ連と敵対しているナチス・ドイツと手を組み、強大なソ連相手に戦いを挑む。フィンランド軍のある機関銃中隊に所属する4人の兵士、ソ連に奪われた農地を取り戻したい熟練兵ロッカ(エーロ・アホ)、婚約者を残し最前線で戦う将校カリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン)、中隊を率いる部下思いの隊長コスケラ(ジュシ・ヴァタネン)、そして心優しい兵卒ヒエタネン(アク・ヒルヴィニエミ)。それぞれの守りたいもの、帰りたい場所のためにソ連との旧国境も超えて戦い続けていく。





映画データ
7.7 2時間12分
2019
監督 アク・ロウヒミエス
出演 エーロ・アホ, ヨハンネス・ホロパイネン, ジュシ・ヴァタネン
ジャンル 外国映画
オーディオ言語 Suomi(フィンランド語)



ストーリー
 この戦争は第二次世界大戦中の1941年6月25日から1944年9月19日にかけて、フィンランドとソビエト連邦との間で戦われた戦争で、継続戦争(けいぞくせんそう)と呼ばれる。
この呼称の由来は、第二次世界大戦の勃発から3か月目にあたる1939年11月30日に、ソビエト連邦がフィンランドに侵攻した『冬戦争』にある。この冬戦争は、ソビエトの突然の侵攻により始まった。フィンランドは闘いは勝利するが、戦争の終結を望む国民の意思に基づき、ソ連との講和条約を終結するが、フィンランドにとってはきわめて屈辱的なものであった。

 一方、ソ連はフィンランドに進行をすることによって国際連盟からの脱退を余儀なくさせる。

フィンランドは1940年3月まで戦い抜いたが、左の地図がモスクワの講和条約によって、ソ連に割譲されたフィンランドの国土である。ソビエトフィンランド第二の都市であるヴィープリを含む国土の10%、工業生産の20%が集中するカレリア地峡をソ連に譲り渡すという苛酷な条件の講和条約を結び、3月13日に停戦は成立した。

国土奪還に闘志を燃やすフィンランドはその後も、着々とソ連に対し準備を進める。外交的には当時ヨーロッパを蹂躙しつつあったドイツの力を借りドイツと手を結ぶことによりソ連に対抗することであった。 そしてフィンランドはドイツ軍がソ連のモスクワ及びレニングラードに進軍を開始すると同時にそれに宣戦布告、冬戦争で割譲された土地の奪還を図る。

 

歴史の皮肉:侵略を行ったソ連が戦勝国に、侵略されたフィンランドは敗戦国としての立場に陥落!
 しかし1944年になると、優勢を誇ったドイツ軍はソ連とのレニングラードの戦いに敗れ、敗退に敗退を重ねることになる。
 戦争自体は、ソビエトはナチスドイツとの戦いで連合国と連携をし結果的には、ソ連は戦勝国として終結をする。
 皮肉にももttも派遣的であったソ連は、フィンランドに侵攻を行い、土地を割譲したものの戦勝国として国際連合の常任理事国として大きな力を発揮するようになる。片やフィンランドはドイツとの枢機国として敗戦国となる。

 戦勝国としてソ連はフィンランドに厳しい条件を突きつけ講和を求める。その内容は賠償金3億ドル相当の支払い、国境線を冬戦争後のものに戻すこと、ペツァモの割譲、フィンランド湾の要衝ポルッカラをソ連の租借地とすること、軍備の制限、戦争犯罪人の処罰、全体主義的団体の解体、第二次大戦終結までの間の飛行場や港湾の使用許可などが求められ、フィンランドはこの条件で講和をのむ以外になかった。

しかし、戦争に負けた国で、フィンランドだけが、他国に占領されなかった!

 フィンランドが国際社会に復帰するのは1947年の連合国21ヶ国に対する講和条約、パリ平和条約の調印後になる。戦後、東欧ではソ連衛星国の樹立やソ連軍進駐、そして時に武力侵攻が行われた。フィンランドでは東欧のようになることなく、「独立国としてソ連の支援下で戦う(ただし、フィンランド経由以外の攻撃に対処する義務はない)」という覚書まで提出し、さらにパーシキヴィ路線と呼ばれるソ連との友好的外交を行い、マスコミは自主規制を敷いてソ連の侵略への批判はタブーとなった。この状況は西側諸国から「非共産国でありながらソ連に宥和的姿勢を示す」ことを指して「フィンランド化」といわれるほどになり、フィンランドの対ソ宥和姿勢は属国化の典型とみなされるようになった。しかし、戦時の徹底抗戦と戦後の従属外交を使い分け、1956年にはポルッカラ租借地も返還され、ソビエト連邦の崩壊まで独立と平和を保つことに成功した。

背景と見どころ
   結果だけから見ると、フィンランドは損な役回りを演じ続けてきた。と言える。 しかし歴史は損得だけでは測れない。

 この映画から読み取って欲しいのはフィンランドの国民のしたたかさである。
 冬戦争で、いわれもなくソビエトに攻められ土地の割譲をも受け入れざるを得なかった。 そしてヒトラーの力を借りてソビエトに反抗し占領された土地を奪い返すことをなしながら、第二次世界対戦の結果は敗戦国として厳しい負の遺産を背負わなければならなかった。

  それでもへこたれることなく毅然とした態度を取り続け、ソビエトロシアに対して警戒心を怠りなく、また平和外交に努め、今現在の地位を勝ち取った。
 この映画だけではなくフィンランドの歩んできた歴史を見てもその逞しさ、したたかさを我々は見習っていいのではないだろうか。

 そして2022年ロシアのプーチンのウクライナによってまたもや平和が破られた。ソビエトのスターリンの時代にソビエトが掲げた、『大祖国戦争』と呼んだ。そして、今回ウクライナの侵略でもプーチンはこの使い古した呼称である大祖国戦争を持ち出している。なんという類似性、なんという時代錯誤。プーチンは歴史から何も学んでいない!




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2022年5月28日土曜日

映画「マルクス・エンゲルス」:近代の偉人の等身大の実像に迫る

マルクス・エンゲルス

「マルクス・エンゲルス」を観ました。
歴史映画館が時代の節目となる出来事を画いた映画を発掘し、時代背景と共にお贈りします。今回は「マルクス・エンゲルス」をお贈りします。

 19世紀から21世紀の今日に至るまでの3世紀の間、世界中の資本家から最も忌み嫌われ、最も恐れられた男それはマルクスである。
彼は「資本主義とは何か」を探求し、そして一つの結論に到達をした 。結論は『価値の源泉は労働力である』ということである。

  資本家は 労働者の労働力を交換価値よりも安い価値で買うことによって富を生み出し、自己増殖をする。この運動が資本主義そのものの運動である。

  しかし彼の人間性に基づくものであったために極めて楽観的に、そして性善説に基づくものであり、彼は資本主義を発展させればさせるほど民主主義は眠り込むすなわち資本主義が究極に発達すればもはや民主主義も必要はないとまで結論を付けた。

  以上、見てきたようにマルクスの理論と現実との姿が乖離しているからといってマルクスが間違ってたわけではない。彼は歴史上初めて科学的に労働力と価値との関係を見出し未来を予見する力を人類に与えた。 

 残念ながら、彼が生きているうちには、彼の望むような社会は実現しなかった。彼の理論に基づき、具体的に革命を成功させたのはレーニンである。レーニンはマルクスエンゲルスの理論に立脚し、全英討論を構築し、ロシア革命を成功させた。レーニンの時代にはまだ、マルクスの人間味溢れる社会が実現できる可能性は残っていたが、それを引き継いだスターリンはその理想を実現する闘いを流産させてしまった。

「マルクス・エンゲルス」を乗り越えて、新しい時代を展望する
 それから後しばらくはこれらの事業に対する幻滅と失望の時代が続いたが、今ここにきて、ようやく世界の人々鴉が、封建制と、資本主義の呪縛から逃れ、新しい世の中を展望することができる時代に至っている。
  現在はマルクスの業績を踏まえ、新しい科学的な知見を確立すべき時に来ている。

 その一つは人間の欲すなわち自己増殖を抑制する、欲を抑制し 全体との調和を図る法則を生み出すことである。もちろん人間の欲というものを数値化することはできないかもしれない、しかしながら欲を抑制しない限り、人間も欲は最終的に得ることができないものなのである。  資本主義は新しい時代に入った。ドラッガーが断絶の時代を主張して以来、もうすでに30年は経つ。これは資本主義の一つの行き詰まりを示すものであり新しい価値観と新しいビジョンが要求されていることである。 有産者階級にとっても、みずからの欲を抑制することなしに、自分たちの生きる道はないことを科学的に立証されなければならない。それはきっとあるはずだ。なぜならそれは科学的な道筋だからである。


映画の紹介
 マルクスは当時の社会の不平等に対し悪に対し、敢然とその生涯を通して戦った。そのために彼は社会的に厳しい糾弾を受け続けてきた。

 この映画はマルクスの実際の実像を描き出している。彼が歴史に残す偉大な業績を成し遂げたにも関わらず、彼の生活は実生活は非常に厳しいものであった。  借金取りに追い立てられ、今日明日の生活を維持するために日雇い的な仕事にも手を出されなければならなかった。 生活の中でも生活苦に 自らの節を曲げるのではなく、敢然と戦い抜いた。この映像から彼が周りの人々にいつくしむような愛情を注いでいたことが読み取れる。これは決して映画の中で描き出されたシナリオではない。今に残る、数々の著書や逸話からでもそのことが証明できる。  彼は周りの大衆には深い愛情を抱き抱き、家族はもちろんのこと貧乏人・労働者のために戦った。

このような現実の生活に立脚していたからこそ彼の理論がいつまでも色褪せることなく喋り続けることになったのであろう。 記述



映画データ
(C)AGATE FILMS & CIE -VELVET FILM-ROHFILM-ARTEMIS PRODUCTIONS-FRANCE 3
CINEMA-JOUROR-2016
監督 ラウル・ペック
出演 アウグスト・ディール, シュテファン・コナルスケ, ヴィッキー・クリープス
ジャンル ドラマ, 外国映画
オーディオ言語 Français
アマゾン・プライムに移動します

     【マルクス・エンゲルス】 ☜ こちらをクリックしてください


ストーリー
 26歳のカール・マルクスは、その過激な言動により妻と共にドイツ政府から国を追われる。1844年、彼はパリで若きフリードリヒ・エンゲルスに出会う。マンチェスターの紡績工場のオーナーの子息であった彼は、イギリスのプロレタリアート(労働階級)について研究中の身であった。しかし階級も生まれも違うエンゲルスとの運命の出会いは、マルクスが構築しつつあった新世界のビジョンの、最後のピースをもたらすことになる。

 マルクスとエンゲルスはやがて、政治的暴動や動乱をかいくぐって、まったく新しい労働運動の誕生を牽引してゆく。



背景と見どころ
 マルクス・エンゲルスが世界に放った衝撃的な宣言『共産党宣言』が生まれた、1848年革命(1848ねんかくめい)は、1848年からヨーロッパ各地で起こり、ウィーン体制の崩壊を招いた革命。1848年から1849年にかけて起こった革命を総称して「諸国民の春」(仏: Printemps des peuples, 独: Völkerfrühling, 伊: Primavera dei popoli)ともいう。これは資本主義が生まれ、産業革命を経て、世界の仕組みが音を立てて崩れる時代にあった。しかし当時の支配者階級である、帝政主義者(新しい帝国主義はと明確に分けるために、敢えて帝政主義者と呼ぶ)はいまだ世界の経済が地殻変動を起こしていることを理解せず、基本的に封建領主的な土地の分割にしのぎを削っていた。1848に起こった「諸国民の春」なる革命はこのような背景をもっておこった必然的な闘いである。




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2022年5月22日日曜日

チャイナ・シンドローム:この映画はスリーマイル島、チェルノブイリ、福島の原子力発電所の事故を予言したものだ

チャイナ・シンドローム (字幕版)

アマゾンプライム「チャイナ・シンドローム 」を観ました。
 今、ウクライナの問題もあり、原発の再稼働が論じられていますが、再稼働を認めるか否かの前にこのビデオを見てからにしてください。

 原発以外の解決方法はきっと見つかるはずです。安易にヒステリックなプロパガンダに乗せられてはなりません。


歴史映画館が歴史的な出来事にかかわる映画を探しておすすめするサイトです。
今回は原発の危険性を痛烈に問いかける、誰もが必見の「チャイナ・シンドローム」をお贈りします。


映画の紹介
この映画が作られたのが1979年、
その直後1979年3月28日にスリーマイル島の原発事故が起こっている。
1986年 チェルノブイリ原発事故 
2011年福島原発事故が起こっている。
なんという先見性、恐ろしいまでの予見。このように見せられると、もはや原発事故は決して偶然性ではなく、必然性の塊のように思える。福島の事故では、東電は予測不能な津波による事故と抗弁するが、事故の数年前には福島県議会で、予備電源の位置が津波の到達予想レベルに比べ低すぎるという指摘が行われている。そのことを考えると、これらの3大原発事故は、全て人為的ミスにより発生したものだといえる。

 その意味でもこの映画で予見された必然的な事故は、全て人為的なミスによって事故が起こるものだという結論に到達せざるを得ない。

 つまり原子力発電は、あまりに複雑な管理体系と、原子核反応という不可逆的な核反応に立脚する以上、人間の手に負えるものではないということになる。




映画データ Originalはコロンビア映画、
  • 発売:1979年
  • (757) 2時間2分 1979G
  • チャイナ・シンドローム (字幕版) チャイナ・シンドローム〈CINEX〉 [VHS 
  •  出演 ジェーン・フォンダ 
  •  監督 ジェームズ・ブリッジズ 
  •  形式: VHSメディア 形式 ‏ : ‎ 色 
  •  時間 ‏ : ‎ 2 時間 2 分 
  •  発売日 ‏ : ‎ 1993/3/21 
  •  販売元 ‏ : ‎ ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
  • ASIN ‏ : ‎ B00005GBDG 
  •  原産国 ‏ : ‎ 日本ディスク枚数 ‏ : ‎ 1

ストーリー
 人気TVキャスター、キンバリーはカメラマンのリチャードと原子力発電所を取材中に、恐るべき"事故"を偶然フィルムにおさめる。しかし、TV局は何故か放送を禁止してしまう。
 ベテラン技術者ジャックは、その"事故"の際の立役者となるのだが、"事故"に疑問を抱く彼は何者かに命を狙われはじめる。

そして彼らはそれぞれの立場から、背後にうごめく巨大な陰謀に迫っていく・・・。



背景と見どころ
  この映画の背景は 地球温暖化と温室ガスを解決する手段として原子力発電所がクローズアップされ世界各地で無条件に無秩序に建設されていると言う事実がある。
 原子炉夢発電所の建設推進者は電子力発電所が炭酸ガスを排出しない気候による出力に変化を及ぼさないと言ったことを表面に原子力発電を推進しようとしている。
 しかし問題は電子力発電所から排出する炭酸ガスが少ないということだけの問題ではないのである。問題はそのことだけに矮小化し電子力発電所が抱える基本的な危険性を過小評価することにある。
  • 第一にエネルギー源として核分裂を用いる。 核分裂というものは一旦分裂を始めるとそれは止めることができない反応である。 
  • 核分裂反応に伴って生じる様々な物質は基本的に人体に極めて有害なものばかりである人体に影響を及ぼしガンを発生させたり理由は様々な病気を発生させる原因になっている
  • またそこで使用されている燃料ウラン、もしくはプルトニウムは半減期が非常に大きく長く100年200年断ってもまだ半減しない物が多い。ひどいものになると1万年、2万年の半減期を持つものさえある。このようなものは原子炉で燃焼させた後濃度が低くなり使い物にならなくなって廃棄せざるを得ないが廃棄するとしても、動物のように腐敗し土に還るという代物ではなく、長い間汚染物質を放出し続ける極めて厄介な物質である。
  •  原子炉というものは非常に制御がコントロール難しく、火力発電所のように単なるを使用止めるというような単純なものではない。また原子量は発生するエネルギーのために基本的には大量の冷却水でもって冷却し続けなければならない。 このように廃却しようとも、原子炉から核物質で構成される燃料を取り出してしまわない限り、この作業は続く。 
  •  また取り出された燃料は、今の技術ではまだ再生もできず基本的には地中深く埋め込んでひたすら濃度が下がるまで、待ち続けなければならない。 火山の多い所ではこのことは極めて困難であることは誰しも理解できるであろう。
  現在の技術では上のような様々な諸問題を解決し、人間の生活に影響を及ぼさないような状態におくことは到達できていない。原子力発電がどのように言いくるめられようとも、ゆめゆめ忘れてはならないのは、
 人類の現在の知見ではまだ人類が手に負える代物ではないということだけは明確である。

2022年5月20日金曜日

市民K かつてオルガルヒとして、プーチンの権力に手を貸したコドルコフスキーはやがて民主主義の活動家としてプーチンに立ち向かう

市民K (MIKHAIL KHODORKOVSKY)

アマゾン・プライム「市民K」を観ました。ロシアも捨てたものじゃないと勇気が湧きます。

 ロシアの石油王と異名を持つミハイル・ホドルコフスキーはかつてオルガルヒと呼ばれた。ソビエトが崩壊する間、彼らはプーチンと結託しソビエト「の膨大な国家財産をハイエナの如く個人所有にし、その金で、プーチンの権力を補強し、見返りに膨大な財産を個人の下に集中させた。しかしプーチンはオルガルヒを使って、かすめ取った国家財産を今度はオルガルヒからプーチン個人への財産を還流させることとし、オルガルヒ達を攻撃始める。

 この時代までの大富豪を第一次オルガルヒと呼ぶこととしよう。このドキュメントの主人公であるミハイル・ホドルコフスキーはこうした第一次オルガルヒの中の一人である。
 彼のすごいのは、プーチンの国家的不正に気づくやそれまでの生き方を180度転換し、プーチンを追求し敢然とプーチンに闘いを開始したことである。そのため、彼は冤罪により10年間も中国の国境の監獄に送られ服役することとなった、しかし服役はホドルコフスキーの立場を鮮明にし、より反プーチンとの闘いを徹底させるものとなった。


映画の紹介
  2003年、ロシア富豪のミハイル・ホドルコフスキーは脱税の罪により10年の禁錮刑に処された。当時新たに選出されたウラジーミル・プーチン大統領に対抗したことが失脚の原因だと多くの人々が思っている。シベリアの刑務所で服役するうちにホドルコフスキーは世界的に有名な反体制活動家となった。


映画データ
7.1
2時間5分 2019NR
監督    アレックス・ギブニー
登場人物  ミハイル・ホドルコフスキー, ウラジーミル・プーチン, レオニード・ネヴズリン
ジャンル  ドキュメンタリー
オーディオ言語 日本語
AMAZONのサイトに移動します

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背景と見どころ
  ドキュメント映像のすごいところはプーチンがまだエルツインの部下として政治的な力を持っていない時から、大統領になって権力を確立するまでの間、彼がどのように権力を掴み政敵を貶めてきたかを実際の映像で、克明に語られていることである。
 これはドラマでもなく、プーチンの生の言葉として語られている。
 それとともに彼が何を目指して行動しているか、また何を恐れているかということがプーチン地震の言葉として語られていることである。

 主人公のホドルコフスキーはプーチンの政敵として現在は国外ではあるが、プーチンを倒すための運動を展開している。
 これは単なる政治的な勢力争いではなくて プーチンが確立した国家権力に対する民衆の民主主義の闘い意味している。

 私はホドルコフスキーの闘いが現在の力はまだ弱いがやがてプーチンの力をしのぎロシアという国が民主主義的な国としてその大国の力を大きく発揮させることができるのではないかと信じている。そこに確かな希望を見て取ることができる。





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2022年5月12日木曜日

「チェルノブイリ・ハート」:原発事故の恐ろしさ、核が戦争でなくとも人間の手に負えるものではないことを告発する

「チェルノブイリ・ハート」

アマゾンプライム「チェルノブイリ・ハート」を見た。見るに耐えない、しかし見なけれbならない
 原発事故の恐ろしさ、核が戦争でなくとも人間の手に負えるものではないことを告発する

 1986年4月26日、チェルノブイリ原発事故発生。それから36年後、今なお、「チェルノブイリ・ハート」:核汚染により心臓に穴が開く、この他水頭症、甲状腺ガンなど数々の疾病が発症しているチェルノブイリは告発する。
 
 原発事故を起こした責任を担うべき当のロシア政権は、再びウクライナのちにあってはならない惨禍で以て襲い掛かる!
 最高権力者プーチンはこのチェルノブイリ事故に何の責任も感じないのか。我々はロシア政府に対しその責任を果たすよう強く求めねばならない。なお1991年 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国を「ウクライナ」に国名変更している


 映画の話の前に、チェルノブイリ原発事故がどのようなものであったかをウィキペディアではあるが、概括的にサーベイする。

チェルノブイリ原子力発電所事故

Chernobylreactor.jpg チェルノブイリ原子力発電所発電施設(2007年現在)

場所 ソビエト連邦
  旧 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 キエフ州プリピャチ
 (現: ウクライナキエフ州プリピャチ)
   日付 1986年4月26日 午前1時23分 (UTC+3)
概要 チェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故
原因
  • 制御棒など根本的設計の欠陥
  • 運転員への教育が不十分だった
  • 特殊な運転を行ったために事態を予測できなかった
  • 低出力では不安定な炉で低出力運転を続けた
  • 計画とは異なる状況になったが実験を強行した
  • 実験のために安全装置を無効化した
  • 制御棒など根本的設計の欠陥
結果
 死亡者 33人(4,000人 (IAEA公式見解、異論有))
 負傷者 不明
 被害者 強制移住等:数十万人以上
 損害 爆発:チェルノブイリ原子力発電所4号炉
 放棄:チェルノブイリ、プリピャチ
対処 4号炉を石棺及び新安全閉じ込め構造物で封じ込め

放射性物質による汚染は、現場付近のウクライナだけでなく、隣の白ロシア共和国(現・ベラルーシ共和国)、ロシア共和国(現・ロシア連邦)領内にも拡大した。

放射能汚染処理義務所在:
1991年のソ連崩壊以後は、原子力発電所が領土内に立地しているウクライナに処理義務がある。
2018年現在もなお、原発から半径30キロ以内の地域での居住が禁止されるとともに、原発から北東へ向かって約350キロの範囲内にはホットスポットと呼ばれる局地的な高濃度汚染地域が約100か所にわたって点在する。ホットスポット内においては農業や畜産業などが全面的に禁止されており、また、その周辺でも制限されている地域がある。




映画の紹介
チェルノブイリ・ハート(字幕版) (40) 7.8 1時間 2011 PG12 2003年アカデミー賞(R)ドキュメンタリー短編部門グランプリ受賞。1986年4月26日、チェルノブイリ原発事故発生。その事故により大量に撒き散らされた放射能。それは、その後この地に生まれた子供達におおきな影響を与え、心臓に重度の障害を負った子供達が増大した。


映画データ
監督 マリオン・デレオ
ジャンル ドキュメンタリー
オーディオ言語 English

アマゾン・プライムのドキュメンタリー

  【チェルノブイリ・ハート:人類史上最悪の原発事故】 ☜ こちらをクリックしてください





心に深く落とし込むこと
 ロシアのウクライナ侵攻の過程でチェルノブイリにロシア軍が入り、1時的に原子力発電所が占拠された。 このあいだ原子力発電所の破壊が心配されたが、ロシア軍が撤収後の調査により、大きな破壊を免れたようである、 しかしながらロシア軍はチェルノブイリの敷地内の汚染区域で素手で塹壕を掘り、塹壕の中での行動においても防護服等の対策はなされず、兵士は高濃度の放射能にさらされたままであったと言われている。
 これらの事実やチェルノブイリの原子力発電所における爆発の過程を見るならば、ロシアの国民が核施設に対する取り扱いが如何に杜撰なものであったかを思い知らされる。更にその発想が現在のロシア軍の中で核というものに対するぞんざいな取り扱いが今なお続いていることには慄然とせざるを得ない 。
 チェルノブイリの映像を見る限りウクライナやベラルーシにおいてはそれ相応の核の取り扱いがなされているように見えるが、ロシアにおいては、これら両国の認識との間に大きなズレがあるように思われる。
 これはいったいなぜなのだろうか。これはプーチンが核兵器を弄ぶかのように脅しに使っていることと無関係ではなく、 ロシア国民全体が核に対する恐れを知らない傲慢な認識に陥っているように思えてならない。





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2022年5月10日火曜日

「ドニエプル攻防決戦1941」:ウクライナとロシアの確執・・ロシアはナチの歴史をウクライナで繰り返した!

ドニエプル攻防決戦1941(字幕版)

歴史は繰り返された!衝撃!今、ウクライナで起こっている悲劇が、今からちょうど80年前同じ場所で起こっていた。
アマゾン・プライム劇場「ドニエプル攻防決戦1941」をお贈りします。

東北部ウクライナ・ロシア南部国境付近:「ドニエプル決戦」が行われた付近


映画の紹介
 クルスクの戦いの後、ドイツ国防軍最高司令部は東部戦線において赤軍に対してすでに大規模な攻撃を行うことはもはやできなかった。クルスク後の長い退却の間、ドイツ軍とそれを支援するドイツ空軍はドニエプル川を渡り西へ移動、ボータン線に沿って防衛を固めた。

 一方南下してきたドイツ軍に全面的に包囲されたソビエト軍は、市民数千人と共に全滅の危機に遭遇するが、ソビエト軍の指揮を執る連隊長は、徹底抗戦をとりつつ、ドイツ軍の囲みを打ち破り脱出を試みる!!


今現在のウクライナの戦況をそのまま見ているかのような錯覚を覚える


映画データ
 
(C)Department on cinematography of the Ministry of Culture of Republic of Belarus RUP "National film studio "Belarusfilm" 2009
2時間11分

2013
監督 デニス・スコヴォゾウ
出演 イゴール・シコヴ, セニア・キャセヴ, アナトリー・コット
ジャンル 外国映画, 歴史, 軍隊・戦争
オーディオ言語 Русский


ストーリー
南方軍集団北翼を突破したソ連赤軍はドニエプル方面へ侵攻を開始し、《中央戦線》軍はウクライナの中心都市キエフを目指して猛進撃。ソ連赤軍はドニエプル川、プリピャチ川合流地点でドニエプル川渡河の最初の橋頭堡を確保。ドイツ国防軍とソ連赤軍は死闘を繰り広げていくのだった。(C)Department on cinematography of the Ministry of Culture of Republic of Belarus RUP "National film studio


背景と見どころ
「ドニエプル攻防決戦」が行われた同じころ、ドイツ軍は、レニングラードに迫り、1941年9月8日 - 1944年1月27日)の間3年間にわたりレーニングラードを死守するロシアとの間に文字通り死闘を繰り広げていた。
ここにWikipediaからの引用を掲げる
1941年6月22日3時15分、ドイツ軍は作戦名「バルバロッサ」の下にソ連を奇襲攻撃した。ヨーロッパにおけるドイツ占領地からは反共主義者の志願者や、武装親衛隊によって徴発された人々がドイツ軍に加わった。
 開戦当初、ソ連軍が大敗を喫したこともあり歴史的に反ソ感情が強かったバルト地方や、共産党の過酷な政策からウクライナの住民は、ドイツ軍を当初「共産主義ロシアの圧制からの解放軍」と歓迎し、ドイツ軍に志願したり共産主義者を引き渡すなど自ら進んでドイツ軍の支配に協力する住民も現れた。また反共産主義者はロシア国民解放軍やロシア解放軍として共産主義者と戦った。

 しかし、スラヴ人を劣等民族と認識していたヒトラーは、彼らの独立を認める考えはなく、こうした動きをほとんど利用しようとしなかった。親衛隊や東部占領地域省はドイツ系民族を占領地に移住させて植民地にしようと計画し、一部実行された。

ドイツ軍はソビエト連邦第2の大都市レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を900日近くにわたって包囲したが、レニングラードは包囲に耐え抜き、後にスターリンによって英雄都市の称号が与えられた。ソ連政府の発表では市民の死者は約63万人だが実数は100万人を超えるとも言われる。また死因の97%は餓死と言われている。またこの独ソ戦で、ソ連側の死者は、数千万人に上った。

 ここにあげるような歴史があったからこそ、いまだにロシア国民の中に西側に対する根強い不信感が定着したといわれている。今日のロシアのウクライナへの侵攻は決して許されない。しかし同時に過去の歴史の中で先進国が犯した数々の誤りも忘れることは許されない!

憎悪が憎悪を呼び、かくして歴史は繰り返される。

詳しい説明は 【ドニエプル攻防戦1941】 ☜ こちらをクリックしてください
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2022年5月3日火曜日

米軍が最も恐れた男~その名は、瀬長カメジロー:戦後アメリカの占領下で自らの命を賭してアメリカに立向かった男

米軍が最も恐れた男~その名は、カメジロー~

アマゾン・プライムビデオ「米軍が最も恐れた男~その名は、カメジロー」を観ました。感動しました。
 歴史的な出来事。何が起こったのか、歴史発掘の観点からお送りします. このドキュメントには2017年版と2019年版の二つのバージョンがあります。われわれ日本人はこのいずれの映像も見る必要があると考えます。

映画の紹介
米軍が最も恐れた男~その名は、カメジロー~

 第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。信念を貫いた抵抗の人生を、関係者の証言を通して浮き彫りにするドキュメンタリー。

 アメリカ支配から70有余年。その間一応の独立を果たしながら、国の深部で、アメリカに急所を握られ、身動きがならない日本。ロシアのウクライナ侵攻で顕在化した世界的規模危機。今までアメリカに依存して生きてきた日本も、自らの意志で、自らの脚で立たなければならない局面に押し出されつつある今日、全ての日本人がこのドキュメントを見ることが強く求められている。





略歴
瀬長 亀次郎(せなが かめじろう、1907年(明治40年)6月10日- 2001年(平成13年)10月5日)は、日本の政治家、ジャーナリスト。
1946年 - 1949年、米軍機関紙「うるま新報」(後の琉球新報)社長を務めた。
復帰前に、那覇市長(1期)、立法院議員(3期)、沖縄人民党委員長、国政参加選挙で衆議院議員1期。
本土復帰後、衆議院議員としては人民党で1期、日本共産党として連続5期。1973年以降共産党幹部会副委員長をつとめた。(以上ヴィキペディア参照)

終戦直後、占領下の沖縄で、怯むことなく堂々と米軍にモノを言った伝説の男・瀬長亀次郎。「地球の裏側から来たアメリカは、ぬするれいびんど……泥棒だ!」演説会には10万人を超える人々が集まり、熱狂する。ついに米軍は微罪で亀次郎を逮捕、さらに彼を沖縄人民から切り離すため、沖縄本島から遠く離れた宮古島の監獄に収監するが、不屈の執念で、生還、那覇市長に当選。市長の任期はわずか1年で終わったが、70年には衆議院議員に当選。佐藤栄作首相とド迫力の論戦を繰り広げた。


映画データ
監督 佐古忠彦
出演 山根基世, 大杉漣
ジャンル ドキュメンタリー
オーディオ言語 日本語

ツタヤ 中国映画の中でMovieに絞り込んだ結果は

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ストーリー
 瀬長亀次郎は、終戦直後、米占領下の沖縄で、「沖縄人民党」を率い、初めて堂々とアメリカにモノを言ったとしていまも英雄として語り継がれる伝説の男だ。
 全国で唯一、凄惨な地上戦を経て占領され、米軍支配下で息を呑むようにして生活していた沖縄の人々は、亀次郎の演説に快哉を叫んだ。
「一握りの砂も。一滴の水も。ぜーんぶ、私たちのものだ。地球の裏側から来たアメリカは、ぬするれいびんど……泥棒だ!」 演説会には10万人を超える人々が集まり、米軍の度重なる妨害にもかかわらず亀次郎の言葉に熱狂する。

 ついに米軍は罪を擦り付けて、えん罪ともいえる罪で、亀次郎を逮捕、宮古島の監獄に送る。宮古島では、米軍の酷い取扱いが故で生死の間をさまようが、奇跡的に生還を果たし、市民の後押しを得て那覇市長に当選した。市長に当選した後にも、米軍の執拗な妨害は続いた。妨害の連続で市長の任期はわずか1年で終わったが、70年には衆議院議員に当選。佐藤栄作首相に対し、「沖縄は再び戦場となることを拒否する!」と迫力の論戦を繰り広げ、佐藤内閣を追い詰める。



背景と見どころ
 植民地時代に戦い続けた男として、我々はインドのガンジー、南アフリカのマンデラなどの名前がすぐに浮かぶ。
 これらの英雄たちに匹敵するのが、ここで取り上げた瀬長亀次郎である。 瀬長亀次郎は日本人であるにも関わらず そして人々の記憶にも新しいにも関わらず、先の二人ほどマスコミには取り上げられていない。この理由は一つはこれを受け止める日本人やマスコミの間にアメリカに対するある種のおもねりあるのではないかと考える。今こそ日本人はアメリカの支配から脱却すべき時にきている。
 さらに沖縄の日本復帰以降、彼が日本共産党の 幹部として戦い続けたことも、日本国民にあるあるいはマスコミの中にある反共意識が彼の注目度を下げる大きな要因になっているのではないだろうか。





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